看護師の「所得」(この記事では「給与」または「賃金」とします)を上げる方針を打ち出した自民党岸田総理 。喜ばしいことではありますが、これまでもこうした話がなかったわけではありません。
しかしその政策が現場の看護師の給与にどう影響したのか。「そうそう、あの○○総理のときに給与が上がったよね」なんて話を聞くこともなければ、もちろん記憶もございません。
「給与増」という政策は現場の看護師の給与にどう反映されるのでしょうか。もしかしたらされない!? 今回はここについて考えてみましょう。
看護師の給与はどうやって決まるのか
看護師の給与は、①資格②年齢③経験年数④職位などによって、職場それぞに定める「給与表」によって決められています。基本給と手当に大別され、手当の種類、金額とその算出の仕方(一律か割合かなど) も職場によってさまざまです。
国が定める「国家公務員看護師等俸給表」というものがありますが、すべての医療機関がこれに準じているわけではありません。
看護師の給与と政策
看護師の給与はどこから出ているのか
まずは基本的なことをおさらいしておきます。看護師の給与はどこから出ているのでしょうか。
雇用主である保険医療機関(病院)は医療サービスの対価として支払われる「診療報酬」によって資金を得ています。保険者から支払われる保険料と公費負担金、および患者さんが直接支払う一部負担金があり、その中から従業員である看護師の給与が支払われる仕組みです。
国は看護の何にお金を投入しているのか
国は重症度や看護必要度、配置人員を評価し「入院基本料」やその他「診療報酬」に反映する形でお金を投入しています。重症度や看護必要度が高いほど高額の診療報酬が支払われる仕組みで、ザックリいうと「忙しいところに多くのお金を投入しますよ」ということでしょう。
が、ここには現場の看護師の感覚との大きなズレが。看護師を忙しくさせているのはこうした報酬に反映される業務ばかりではありません。が、看護師でなくてもできる周辺業務や雑用でどれだけ忙しくても診療報酬上の評価はされない、つまりお金にはならないということです。
そしてあくまでも報酬は医療機関全体に支払われるもの。「この病院は看護師さんが素晴らしいので一律3万円の上乗せをー」などといった夢のような話はありません。
国から支払われた報酬が「給与」にどう反映されるのか

問題はここからです。国から支払われた報酬が看護師の給与にどう反映されるのか。岸田総理のいう「看護師の給与を上げる」は具体的にどういう形で実現されると見込まれるのでしょうか。
①基本給の見直し
給与表自体を改定し基本給を上げる方法です。岸田次期首相の「看護師の給与は国が決められる」という発言がココを指すのなら給与が上がる期待大です。
が、前述したとおり国が定めるのは公務員に適用される「国家公務員看護師等俸給表」だけ。中小の民間病院はこれよりも基本給が低く抑えられている実態まで切り込んでくれるかー、でしょう。
②手当の増額
看護に関する診療報酬上の評価を上げその報酬増を手当に反映する、という方法です。各種手当は基本給以上に職場によるバラツキが大きいという一方、職場独自で見直しを実施しやすいといった特徴があります。
看護師資格手当
看護師資格、准看護師資格に対して支払われている手当を増額するという方法です。
雇用している看護師のほとんどを対象とするため、看護師の給与増は実現できるでしょう。
専門資格に対する手当
新型コロナで注目が集まった感染対策や医療安全、がん看護など「専門看護師」や「認定看護師」資格に対する手当を増額(または新設)するという方法です。が、これは資格を持っている人だけの話なので看護師全体へのインパクトはかなり小さくなるでしょう。
時間外手当/夜勤手当
時間外勤務や夜勤に対して支払われる手当。このあたりは働き方改革との兼ね合いもあるので、給与増として評価していいものか冷静に判断しなければなりません。
③賞与の増額
賞与は各種手当以上に職場の懐事情を反映するものです。基本給や手当のような継続性のある増額ではないのであまり好感できるものではないでしょう。
多くの看護師の「給与」に反映されない「二重構造」という背景
手当でも賞与でも一時金でもないよりマシ、上ればそれでヨシ!と言いたいところですが、せっかく政策として「給与増」と打ち出されているので、その反映のされ方をしっかりチェックしておきましょう。
国が診療報酬を上げてもそれが増収につながらない医療機関も少なくありません。専門性や救急体制のない小規模の病院ほどのその傾向が強く人員確保も難しい。結果、看護師は雑用で多忙を極める、といった状況です。
看護師の給与、雇用も一般職と同じ大企業(大規模病院)とそれ以外の二重構造にあると言われています。これまで実施されてきた「診療報酬で配分するといった方法」では、この格差はますます開くものと予想されます。
「看護師の給与を上げる」という方針をどういう形で実現しようとしているのか、まずは政策の中身に関心をもっておきましょう。
以下、続報です (*随時更新)
2021年10月8日 「公的価格評価委員会」設置
岸田総理は「看護、介護、保育などの現場で働く人の収入を増やす」ために「公的価格評価委員会」を設置して公的価格のあり方を抜本的に見直す考えを示しました。
2021年11月17日 4,000円/月引き上げの方針 対象は!?
政府は来年2月から9月まで賃金を4,000円/月引き上げる方針を発表。当初、救急救命に携わる看護師のみを対象としていたが対象が狭すぎるとの声を受け、地域で新型コロナウイルスなどの対応を行う病院まで対象を広げる方針。年10月以降については2022年年度予算編成で検討の予定で、介護や保育と同様の3%の引き上げを目指すとのこと。
診療報酬の改定を待たずという迅速性は評価できますが、さずがに4,000円はショボすぎる。「新型コロナウイルスなどの対応」という対象設定もあいまいではないか。介護士の「特定処遇改善加算」のように他には流用できないしくみになるのか。など、引き続き注目です。
2022年診療報酬改定
2022年の診療報酬改定では、救急救命の評価、一般病棟の重症度、医療・看護必要度の評価項目の見直しなどが盛り込まれた。10月に実施される看護職の処遇改善の項目はあらためて諮問の予定。
2022年10月~2%(月8,000円)の賃金引上げ
岸田政権は10月から追加で2%程度の看護師賃金引上げを行うとし、その原資を入院料の上乗せで確保することしし、中医協はこれを了承した。批判が出ていた対象の限定(新型コロナウイルス対応を担う医療機関)は変わらず。
具体的な運用ルールは介護処遇改善加算の仕組みを参考とするもよう。「できれば基本給による賃金改善が望ましいことをルール化してほしい」(吉川久美子専門委員・日本看護協会常任理事)という声もある。
さらに今回の措置の結果を受け、すべての職場の看護師のキャリアップに伴う処遇改善の在り方を検討するという方針も打ち出された。
2022年10月以降12,000円(3%相当)の賃金引き上げ
新型コロナウイルス感染症医療などを担う医療機関を対象に「看護職員処遇改善評価料」を新設。